2010/10/08

『マドンナの成功物語』をTVで見て

(3)衣食足りて礼節を知る

 彼女の行動が計算されたものであったのか、自然の姿そのものであったのかは判りませんが、傍若無人と取られてしまうような振る舞いを彼女の人生の殆どの中で行ってきたのは事実です。
 
 しかし、TV番組の最後の方で、彼女がコンサートの中で、聴衆に対して「この舞台を与えてくれている製作スタッフや関係者の皆さん、そしてファンの皆さんに深く感謝します」という姿を映し出されていました。

 私は、最近のマドンナの中には「衣食足りて礼節を知る」というか、反体制のメッセージは変わらぬにしても、一人の人間としての成長があり、深い人類への愛があり、祈りに近いものがあるように思いました。マドンナに対し無関心であり、殆ど彼女の歌を知らない私がこうしたコメントをするのは軽率と言えましょう。

 しかし、彼女について番組は私の気持ちを一変させ、マドンナを聴いてみようと思わせ、その魅力を分析したくなった次第です。
 
 クラッシック好きで、流行のものにはどうしても関心が薄くなりがちですが、どんなジャンルにも深いレベルに到達した人や作品があるということは忘れてはいけませんね。
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2010/10/07

『マドンナの成功物語』をTVで見て


(1)私は、マドンナにさほど関心はありませんでしたが

 アメリカの生んだスーパーヒーローとなった「反逆児 マドンナ」が資産600億円を持つに至るまでを貧しく厳しい幼少時代から描いた番組が、この9月末にTVで放映されていました。ご覧になられた方々もいると思います。
実はそれを見ていていたく感動を受けたのです。

 実の所それまではマドンナというアメリカンヒーローに対し僅かの負の関心があったものの、殆ど無関心だったのです。

 アメリカのスターとしては、デビュー当時スタイル、顔等々、並かそれ以下の女性が、あれ程に人々の支持を得たのか、それは社会観察者としては、冷静に受け止め、その理由を考えるべきでした。しかし、予期せぬ形で何気なく回したチャンネルの中でその理由を発見させてもらったのです。

 何よりも、マドンナの若い頃は、強烈に既存の権威や習慣に対しアンチであり、それらを破壊していくことに情熱を持っていたのです。そして貧しい生活の中から、立ち上がる為にニューヨークに出て、そこで言葉を通して自らの存在をアピールし、成功への道を上がっていく選択をしたのでした。
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2010/06/22

久しぶりに良い本に出会いました!

私は今、『和道原論』という本を書いてますが、日本人ほど日本を意識する民族は少ないとよく言われますが、その理由も実に良くこの本の中で描き出してくれています。日本という国は、辺境に地理的にあるのみでなく、精神的にも辺境ということを受け入れ、それを前提として様々な営為が歴史的になされてきたと著者の内田樹氏は語ります。

辺境とはその前提としての“華夷”という考え方があります。「華」とは中心という意味であり、「夷」とはかつて源頼朝が征夷大将郡の名を冠に頂いていた如く、征伐されるべき敵(征夷)としての位置にあったからです。

もち論「華」に対して忠誠を尽くし、朝貢を行えば、華の周辺の国家としての認知と保護はしてもらえるのですが、まさに日本は、「華」としての中華思想の中国を華として“東夷”としての国であり、常に意識は「華」に向いていたのでした。

中国は華として、自ら朝廷の名は一文字即ち、秦、漢、隋、唐、宋、明、清の如くに表現し、その周辺は「東夷、西戒、南蛮、北狄」の如く、二文字で表現し、日本は東夷の国なのでした。園田氏はその名からも日本が周辺国であることが判ると言います。
 この辺境国は、自らが中心となったり、センターになって他の国々へそこでの考え、システムをいったものを影響していくということをしません。

常に中心センターからの価値観、制度、文化等の影響を受け、それを自らの地理、気候、国土等に同化させていくのです。しかし、そうした中で辺境国日本は、辺境として中華からの輸入したものを日本的に改善していくレベルは世界でも類を見ないほどのものとして完成してきたのです。

何よりも、それは漢字を平仮名、片仮名に発展させ、表意文字と表音文字とを巧みに使用してコミュニケーションをとるスタイルを造り上げたことです。おそらく世界最高の作業の一つであり、日本の優秀さを生み出す基盤となっているのです。

 詳しくは同本を読んでいただきたいと思います。この本の結論は、辺境国としての日本は今後も変わらないであろう、むしろ辺境国として今後も居直って生き抜いて行くしかないであろうなのです。

私の書架には、まさに沢山の“日本人論”のコーナーがありますが、これだけの骨太の日本人は初めてのように思います。今までの200冊近い日本人論を全て理解した上での日本人論だと思います。

私は、この内田氏の日本辺境論の構造を更には、日本人の自然環境への適応行動の中でより詳しく論考するべく、今『和道原論』を執筆しております。

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2009/11/26

笑いの博物館 ④

(4) ついに『笑いの博物館』の本を書くことに

そうしている内に、私は笑いについての一冊の本を書くことにしました。

たまたま私の勉強会の主要なメンバーであった日研フードの越智社長(当時・既に故人)も、笑いに関心がおありでしたので、一緒に書こうかということになり、『笑いの博物館』というタイトルの本を書くことにしました。

越智元社長は晩年になって、東北大学でドクターを取得した方ですが、有機調味料の分野では、日研フードは第一人者で、立派な会社でした。私もよく社内教育の先生としてお呼びいただいたのです。



飛岡 健 主宰  「WSF東京スペシャルセミナー」開催のご案内
■日時   2009年12月7日(月)18:00 ~21:00
■場所   有楽町 電気ビル 北館20階 日本外国特派員協会
■参加料  初回限定10500円 通常21000円
     
■テーマⅠ  飛岡 健
          2009年の総括と日本の新しい可能性の模索

■テーマⅡ  飛岡 健
これからのビジネスにとって何が最も重要な経営課題か

■テーマⅢ  当研究所研究員による タウンウォッチング新・珍・奇
     

■参加申込  infoアットマクークgenjinken.co.jp(アットマークを@に変えて送信してください)折り返し参加申込書をお送り致します。




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2009/11/25

笑いの博物館 ③

(3) 笑い顔の良い七福神のコレクションを始めることに

笑いの研究をする内に、七福神を集めるようになりました。それも特別に顔の良い(もち論笑顔ですが)七福神を集めるようになったのでした。

そうなると、実に多くの分野で七福神がデザインとして用いられていることを知りました。七福神の絵、焼き物、彫刻、そして手拭い、タオル、掛け軸、ウチワetc. とあらゆるところに七福神が用いられているのです。

そのコレクションの一つに、御猪口があります。内側に七福神が一人ひとり描かれて七つのセットになっているのです。この御猪口を用いて日本酒を飲むのも格別です。
私も、少しだけバブリーな時があったので、その時にある作家さんに、有田焼で七福神を作ってもらうことにしました。出来上がりは、大変に全体として品が良いのですが、ちょっと顔が満足のいくレベルではありませんでした。でも、大切にとってあります。



飛岡 健 主宰  「WSF東京スペシャルセミナー」開催のご案内
■日時   2009年12月7日(月)18:00 ~21:00
■場所   有楽町 電気ビル 北館20階 日本外国特派員協会
■参加料  初回限定10500円 通常21000円
     
■テーマⅠ  飛岡 健
          2009年の総括と日本の新しい可能性の模索

■テーマⅡ  飛岡 健
これからのビジネスにとって何が最も重要な経営課題か

■テーマⅢ  当研究所研究員による タウンウォッチング新・珍・奇
     

■参加申込  infoアットマクークgenjinken.co.jp(アットマークを@に変えて送信してください)折り返し参加申込書をお送り致します。



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