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2010/09/22

第一楽章 私の音楽原論  アレグロ

宇宙 音楽 人間

 W・A・モーツァルトを物語化した『アマデウス』という映画の中で、宮廷音楽家の第一人者で、当時の実力者であったサリエリが、モーツァルトの奥さんをだまして、夫のモーツァルトの楽譜をこっそり持ってこさせ、それを盗み見しますが、その楽譜を眺めた瞬間、彼は茫然としてしまいます。なぜならば、その楽譜には一ケ所の加筆修正もありませんでしたし、その一つの音も変えることの出来ない程、完成されたものであったからです。まさしく、それは、モーツァルトという人を通じて、神の人間への〝啓示〟であったのでしょう。この話しは別の所で詳しくします。

 逆に、ベートーベンの楽譜は、修正で元の曲が判らぬ程に真っ黒になったものもあるのです。おそらく、彼の頭の中では、常に神と激しい葛藤や格闘があったのでしょう。いずれにしても、音楽は沢山の音を使って、作曲家が、神や造物主から受けた啓示を、自らの頭の中に音の世界として響かせ、それを人間間の共通のコミュニケーション可能なものとする為に、〝楽譜〟という符号体系を用いて表現したものといえるのです。

 従って、音楽を聴く時に、私は音楽家という一人の主体的個性を持った存在と共に、その背後に宇宙の本質や被造物の叫びや、それらの社会的背景、歴史的展開の陰を感じるのです。神と被造物としての人間、及びそれ以外の被造物との間で〝音楽という神の贈り物〟を通してなされる会話、コミュニケーション、それが音楽という人類の営みの本質なのでしょう。

 それゆえ〝音楽〟は、人間の生存活動にとって極めて本質的価値と意味を有するものであり、その音楽を十分に享受しない人や出来ない人々は、ある意味で、〝神の恩寵〟を十分に受けない人々といえるのかも知れません。
でも音楽をまだ好きになっていない人は、きっとそのことに気付いていないだけなのです。音楽は「神からの人間への贈り物」であり、それを感じることによって、どれ程人生が豊かになるかを。しかし、この本を読んできっと音楽ファンになってくれるものと思います。

 それでは「音楽礼讃論」はこれ位にして、次からは私なりの「音楽についての科学的理解」に入っていきましょう。余りにもこの宇宙との深い関わりに感動を禁じえない位です。まさに、宇宙と創造主としての神、そして神の申し子としての人間、その神が人間に最初に与えた贈り物としての音楽、それらがどう関わっているのか、それがこの楽章の主題なのです。
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