2010/10/13

第一楽章 私の音楽原論  アレグロ

(1-2)音楽の誕生と進歩のプロセス
     ― 人間の言語能力と共に ―

 言葉と実際の世界との対応がつくまでのプロセスは、三重苦のヘレンケラーが、サリバン先生の努力で、手に触った水が〝ウォーター〟という言葉で表現させるのだ、ということを知るまでの場面がありますが、まさに人類の最初は、同じような過程を経て、人間のものとなったのでしょう。

 その後「文」レベルの曲から、多くの曲を集めた一連のストーリーのある曲となったり、更に一つの物語や思想を表現するものとして、発達していったのです。まさに、音→単語→文章→論理→思想の如く、音→歌→曲集→物語としての大曲となっていったのでしょう。
 それと併行する形で楽器が開発され、それに合わせた形で、器楽曲が作られ、徐々に大曲になっていき、それがサロンでの演奏から、劇場での演奏にまで発展していったと考えられるのです。
 
何故、こんな大雑把な話しをしているのかと言いますと、厳格な音楽史を繰り広げたいのではないからです。ここでの話しのストーリーを通して理解していただきたい点は、音楽の原点が、人間の生活の歴史の中にあり、言葉の発達の歴史と深い関係があるということなのです。

 言葉の発達が、文明を発達させ、その中で楽器が発達し、人間の認識を深め、次第にその幅を広げ、その流れの中で、言葉も、共に発達していったのです。それを正しく理解することによって、それぞれの時代の認識レベルと音楽との関わりが、良く判るようになるのです。

 ギリシャ時代には、ミューズの神が登場してきますが、この頃にはアリストテレスが登場し、形式論理学を打ち立てます。先程の分析から言えば、単なる文から論理へと展開しているのです。音楽も単なる小さな曲から、一つの纏まりのある曲として発達をしていったものと考えられるのです。

 音楽をそんなに難しく考えなくても良いではないか、と考えられる方もおられることでしょう。しかし、私のように、音楽のトリコにならされた人間にとっては、その音楽に関して十分に知っておきたいのです。またそれ自体が人生の楽しみなのです。
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