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2010/08/18

序曲  アンダンテ・カンタービレ

音楽をもっと愛し、感動し、感動させるには



 もっと音楽を楽しみたい!もっと音楽の演奏を上手にしたい!もっと音楽に入り込みたい!のように、音楽との関わりをもっと深めたい人が、沢山おられることと思います。私もその一人です。その為にはどうしたら良いのでしょうか。きっと様々に考え悩んでおられることでしょう。その方々と共に、私は、その答えをここで、一緒に考えたいと思ってます。しかし、実は、私自身にとっては、その答えは出ているのです。一言で言えば、「音楽をもっともっと愛すること」なのです。

 では、どうやって音楽をもっと、もっと、もっと愛したら良いのでしょうか。その方法は、いろいろありますし、人によってその方法は違ってくることでしょう。私は何よりも、人間として、人間自身が築き上げたものを、深く愛するような心を持つことだと思います。さらに、音楽を愛する為には、音楽家を愛し、その音楽家の作った音楽を、人間の産み出したものの最高傑作の一つであると思うことだと思います。ではさらに、その音楽への思いを高める為にはどうしたら良いのでしょうか。

 これもまた、いろいろありますが、私のやり方は、まず自分の音楽を聞く為の感性を鋭く磨く事と、理性を深めるべく一人の人間としての音楽家と、それに関しての知識を増やすことです。そしてこの点が大切なのですが、知識のつながりを持たせるように努力する事であり、出来る限り、その音楽の出来た背景を知ることです。良く、その人の苦労して築いてきた人生を知って作品をみたり、歌を聴いたりすると、感激の度合いが強まり、思わず涙腺が緩むということを経験されていることと思います。どんな人間にも悲喜こもごもの物語があり、良く知ると、感動的なことが多いのです。NHKで、「プロジェクトX」という、様々な開発物語を感動的に映像にした番組がありますが、それを知って開発されたものを見ると、一味も二味もその感動が違ってくるのです。

 それと同様に、一人の人間としてのショパンの人生を良く知って、ショパンの曲を聴くと、その感動は一味も二味も違います。彼が、結核にかかっているにもかかわらず、祖国で斗っている同胞のことを思い、金銭的支援をするべく、「ゴホン、ゴホン」と血を吐きながら演奏旅行を行っている姿、作曲している姿を思い浮かべると、ショパンの曲は一味も二味も違って、私にリアルに迫ってくるのです。ショパンを一人の人間として捉えることによって、よりショパンの音楽が自分にとって身近なるものとなるのです。

 私は、その為にショパンのポーランドの生家を訪れたり、アーモンドの花で溢れるマジョルカ島へも行き、そこでどのような心境で、『雨だれ』(前奏曲)を作曲したのか、その頃のスポンサーであり、愛人関係であったジョルジュ・サンドとの関係はどうだったのか等々、出来る限りショパンの生活環境に自分で触れてみたいと思い、実践したのです。勿論、私はプロの音楽家ではありませんので、ここで述べることは、一人の音楽好きの「音楽談義」に過ぎません。従って、真に検証に耐える時代考証をしているかと言われると、完璧ではないと思います。

 ただ、私は元々自然科学の勉強をしてきた人間なので、「科学的説明」の部分に関しては、自信があります。その部分は端から信用して読んでいただいてかまいません。
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2010/08/11

音楽 映画

 これから少しずつですが、私の映画鑑賞法や、音楽あるいは美術や日本の伝統文化についての鑑賞法等、皆さんにご紹介させていただきたいと思います。

 全ての人間が造り出したり、創作してきたものの中には、製作者や創作者の意図が潜んでいるので、それをどのように解き明かしていくのか、例えば、『ダーヴィンチ コード』のようですが、楽しみなことですよね。
 私がどのように鑑賞しているかをご覧いただければと思います。
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2009/07/21

愛音楽興の音楽ひとり言

私の芸名は、いやニックネームは愛音楽興です。
実は、これはモーツアルトの『愛音暗根鳴波止夢字句』(アイネクライネナハトムジーク)とシューベルトの『楽興の時』からとった名前なのですが、エラク気に入っています。音を愛して楽しみ興じるという意味です。

その昔、東大の五月祭の時、東大のオケの部室の前に、ヤカンが下向きにかけられていました。その心は、「空のヤカン=カラヤン」ということでした。
他方、社会科学研究部の入り口には、丸木が水槽の中に沈められていました。それは「丸木沈む=マルキシズム=Marxism」の意味のようでした。

どうも最初から“言葉遊び、文字遊び”のようですが、今日ワープロソフトの変換機能の多様によって、多くの人が実に語呂合わせが得意になっていないでしょうか。

   ○ 謝長 = 社長
   ○ 危画部 = 企画部
   ○ 軽理部 = 経理部
   ○ 敗手部 = マーケティング部
      etc.

そして、

   ○ 米当弁(ベートーベン)
   ○ 網津亜留止(モーツアルト)
   ○ 和具名(ワグナ)
   ○ 盃鈍(ハイドン)
   ○ 抜葉(バッハ)
     etc.

私、愛音楽興は、大変なクラシックフアンで、人生のかなりの収入を音楽に使ってきました。世界中のシンフォニーホールやオペラハウスに行き、愛音楽興そのものを行ってきました。

その結果として、少し音にうるさくなってしまいました。一度良い音を聴くと、それ以下の音は何となく気になってしまいます。それを大人らしく酒のつまみ(=酒菜)にしていれば良いのですが、どうも一言書きたくなってしまうのです。どうぞ私と同じ人は、私も読むので読んでください。そして批評してください。多いに音楽を音我苦にしましょう。音(オト)が我(私)を苦しめるのが意外と正しい訳なのかもしれません。出来れば“音我空”にまで持っていきたいですね。悟りの境地(?)へ――。
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